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栗好き

おなかいっぱい食べたい。

2014年のお盆の出来事

暇だったので、昔CD-Rに焼いた100分de名著を見た。
テーマは夏目漱石の『こころ』。
わたしは一応文学部出身だが、本を読むのがとにかく苦手。
でもこの作品は純文学なのに読みやすくてスラスラ読めた。
私の大好きな作品TOP3に確実に入る。(そもそもちゃんと読み切った作品は7つくらいしかないけど)

 

わたしは作品を読むことより、読んだ人の感想や分析を聞くことの方が好きだ。
なのでこの「100分de名著」という番組は毎週録画している。

 

番組中、『こころ』を読み解く中で、司会の伊集院光さんがこんなことを言っていた。

 

 
先生が『わたし』に自分の生き様をすべて見せたのは『わたし』を恨んでいるのでもなく、ただ、生き様から学んで欲しいだけで、そこに恨みなどといった感情は含まれていないと思う。
先生と『わたし』、そしてKがそれぞれの分身として描かれているのなら、先生と同じ様にきっとKも、先生を恨んで自殺したわけではないと思う。
(※作品の中で、先生は自殺する直前に主人公の『わたし』にとても長い遺書を送っている。そこにはかつて自分の横恋慕で親友のKを自殺に追いやった過去を告白している)
 

 

わたしはこれを聞いてすごく救われた。

先生が、というよりKが。

人を恨みながら死ぬというのは救いようがないくらい悲しいことだと思うからだ。

 

その時、わたしは昨年の8月12日に亡くなったHおばちゃんのことを思い出していた。

 

おばちゃんは母にとって唯一の親友であり、近い親戚でもあった。
小中高とずっと同じ学校で過ごし、Hおばちゃんは結婚して母の住む市から車で1時間くらい離れた場所に住んでいたが、亡くなる時まで母とはよく連絡を取り合っていたし、誕生日にはお互いプレゼントを贈りあったりしていた。
定年退職したら2人で韓国へ旅行に行く計画も立てていたみたいだ。
 
 
Hおばちゃんは最期まで少女のような人だった。
とても明るい性格で友達が多く、おしゃれで都会的な人だった。
わたしのこともとても可愛がってくれた。
わたしはおばちゃんが大好きだった。

 

3年前、わたしの結婚が決まり福岡から関東へ引っ越すその日も空港まで見送りに来てくれた。
『お母さんのことはわたしに任せてね。幸せになるんよ。』と言ってくれた。
 

 

おばちゃんが亡くなり、『あの人は小さいときからいつも寂しい寂しいと言っていた』と母はいう。

 

私の中で今でもくっきり覚えていることがある。
当時わたしは中学生だった。
田舎の中学生である私から見てHおばちゃんの家庭はとても理想的だった。
旦那さんは社長で容姿もシュッとしていて恋人みたいに夫婦仲も良く、三人の子供はみんなおしゃれで利口で都会的だった。
わたしは田舎者のちんちくりんな子供だったのでその一家のすべてがキラキラして見えた。

 

ところがある日、Hおばちゃんが1人で我が家に遊びに来た。
いつも家族みんなで来ていたのに珍しいなと思った。
わたしも母とおばちゃんの話に混じり、三人で居間にいた。
他愛のない話をして、わいわい楽しく笑い合った。

 

楽しい時間を過ごし、わたしは眠くなってしまった。
そしてこたつで横になるとそのまま眠ってしまった。

 

目が覚めるとおばちゃんが泣いていた。
お母さんがずっと相槌を打っていた。
わたしは寝たふりを続けた。

 

それからしばらくしてHおばちゃんが離婚したことを知った。

 

おばちゃんは育った環境も特殊だったらしい。
おばちゃんの母親は女癖の悪い旦那のあとをついて回るのに必死でおばちゃんのことは顧みずだったらしい。おばちゃんは祖母に育てられるも、またその祖母がかなりきつい人でおばちゃんは小学生の時も自殺未遂をして病院に運ばれたことがあったらしい。
そんな子供時代を過ごしたからこそ、おばちゃんは幸せな家庭を持ちたいという気持ちが人一倍強かったのかもしれない。

 

母曰く、おばちゃんと旦那さんは大恋愛だったらしい。
きっとHおばちゃんにとって、旦那さんや三人の子供と暮らす空間が全ての希望だったんだと思う。
おばちゃんは離婚してから亡くなる時までずっと、旦那さんとまた一緒に暮らせる日がやってくることを望んでいた。

 

そして昨年のお盆明けに母からHおばちゃんが亡くなったとの連絡が来た。

 

後からわかったのだが、その亡くなる前日に旦那さんが実は再婚していて、最近その相手の方との間に子供ができたことをおばちゃんが知ったとのことだった。

 

おばちゃんがなくなる日の夜、母の携帯にHおばちゃんから着信と留守電が入っていた。
おばちゃんはいつも夜遅くに連絡してくるのでたいてい母は寝ていて翌日に折り返す、ということをよくやっていた。

 

その留守電には『今年のお盆はそっちに遊びに行けそうにないみたい。約束してた韓国旅行も行きたかったけどちょっと難しいと思う。』みたいな内容だったらしい。

 

母は『Hが楽になれる方法はこれしかなかったのかもしれん。だけど心のどこかでHを許せない自分もいて何だかよくわからない。』と言っていた。

 

母はおばちゃんをずっと見てきた。
多分おばちゃんのことを一番近くで長い間見てきたのは母だと思う。
母はおばちゃんのことを『近すぎて自分の半身に近い。』とも言っていた。

 

また母は『自分で命を止めてしまった人は天国に行けないってよく言うけど、Hには天国に行って欲しい。なんとかならんかね。』みたいなことも言っていた。

 

わたしはHおばちゃんは天国に行ってると思う。
おばちゃんはいつも笑っていたし、いつも笑っている人にはやっぱり天国が似合っている。

 

結果としておばちゃんは人より早く命を燃え尽きさせてしまったが、それ位濃く深い日々を生きてきたということだと私は思う。
決して命を粗末にしたというわけではないはず。

 

いつかおばちゃんと再会した時、
『おばちゃんね、まさか本当に死ぬと思わんかったんよ~!ね、おばちゃん馬鹿やろ?』
みたいな感じで笑ってくれそうな気がする。